首相らしい顔つき「能面」出来、不出来は分からない・・・春秋 八葉蓮華

 顔をほんの少し上に向けるのが「テル」。やや伏せれば「クモル」。動いたとは気づかないほどのわずかな所作で、同じ顔が笑っているようにも、泣いているようにも見える。能面に豊かな表情を与えるのは、熟練の能楽師の技である。

 主役のシテ方は、自己のすべてを押し込める気持ちで能面をつけるそうだ。その瞬間から演者の人格は消え、神や亡霊など自然を超えた存在が乗り移る。全身で演じる役柄が能面に映り込み、無表情な面に生命が宿る。開票から一夜。民主党鳩山由紀夫代表の顔つきが違って見えるのは、役柄が変化したからか。

 若手の能楽師が、大曲「道成寺」に初めて挑んだときの科学データがある。舞台をゆっくり歩いているだけに見えるのに心拍数は170。本番の最高潮の場面では、全力疾走にも等しい207に達していた。能面が優美な表現を周囲に放つ間にも、その下に覆われた肉体と精神は凄(すさ)まじい緊張状態で稼働している。

 観世流シテ方の名人、梅若玄祥氏はこう語っている。「能面は演じる中で表情が変わって見えるから、舞台で使ってみないと面の出来、不出来は分からない」。一国の首相も同じかもしれない。「首相らしい顔つき」があるとすれば、その面を支えるのは隅々まで神経が行き届いた身体、統制がとれた組織だろう。

春秋 日本経済新聞 9/1
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge