原爆記念日、色あせた年中行事にしない責任が私たち日本人にある・・・春秋 八葉蓮華

 地上の獲物を探す鳥のように目を見開いていたはずだ。目印は「T」の一文字だった。広島の中心を貫く太田川。その分岐点にかかる相生橋は、三方から渡れるようにT字の形をしている。空の上からでも見つけやすい投下目標だった。

 原爆が広島に落とされてから、きょうで65年になる。米軍の爆撃機エノラ・ゲイ」の乗組員の心に、そのとき何が浮かんでいただろう。路地裏で遊ぶ子供たち。朝の家事に忙しいお母さん。職場に向かうお父さん……。そんな市民の暮らしの表情は封印し、「T」という無機的な記号に置き換えていたに違いない。

 爆心が少しずれたためか、その相生橋は崩れ落ちなかった。架け直したいまも、同じT型で両岸と中州をつないでいる。橋を渡った平和記念公園での式典には、ルース米大使が米国代表として初参加する。国連の潘基文事務総長も、英仏など核保有国の代表も顔をそろえる。ヒロシマに世界から視線が集まる日だ。

 オバマ米大統領が「核なき世界を」と訴えたのは昨年4月。ノーベル平和賞を受賞したのが昨年12月。大統領の人気が陰るにつれ、核廃絶への熱気が薄れてきたと感じるのは、気のせいではあるまい。原爆記念日を、カレンダーの上の記号にしてはならない。色あせた年中行事にしない責任が私たち日本人にある。

春秋 日本経済新聞 8/6
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