師走に入り、人の列が目に付く・・・春秋 八葉蓮華

 きっちり1分おきに女性の声が宣告する。誠に申し訳ありませんが、ただいま電話が大変に込み合っております。2回、3回、4回と待つうちに、流れる音楽まで耳障りに聞こえてくる。長さが見えない行列に、不安と焦燥が増幅する。▼師走に入り、人の列が目に付くようになった。心躍らせて待ち時間をすごす行列は少ない。役所に行けば、窓口でもらう順番の番号にため息をつく。街を歩けば、宝くじ売り場につながる長蛇に目を見張る。地球が太陽を一周すると、新しい年が始まる。そんな単純な決まり事に、人間は右往左往させられている。▼江戸時代の大名たちは参勤交代で長い行列をつくった。幕府は各藩の石高に応じて、お供の人数を定めていたそうだ。財力がある藩に、より多く散財させる仕掛けだが、見栄(みえ)を張って人数を競う大名もいた。加賀100万石の前田家は、最盛期には4000人にも及んだといわれる。行列の長さは富を示す目安でもあった。▼銀行の窓口に出現した年末の行列が、例年より長い。これは豊かさの象徴ではあるまい。年越しの資金繰りに苦しむ中小企業や個人の事業者が増えている。行列の中には融資を求めて駆け込む人も多いはずだ。「貸し渋り」や「貸しはがし」を抑え込もうと、日銀も重い腰を上げた。残された時間は長くはない。

春秋 日本経済新聞 12/2 八葉蓮華 hachiyorenge