不正を図る卑しい心根・・・春秋 八葉蓮華

将棋の谷川浩司9段が若き日に敬愛する大棋士升田幸三と食事をした。その席で「谷川の将棋は全部見ている」と言われたという。史上最年少の21歳で名人になった才能あふれる青年は、升田が注目してくれることが大変うれしかったと振り返っている。▼「どれだけの目がその人に向けられているかが大切なのではないか。逆に言えば、自分に向けられている目にどう気付き、それにどう応えていけるかです」とは、朝日新聞に載った俳優仲代達矢さんの言葉だ。見ることで人を励まし、守り、鍛える。見られることで人に励まされ、守られ、鍛えられていく――。▼そんな世のならいは、もうどこかへ消えていってしまったのだろうか。「事故米」不正転売問題のとめどもない広がりから見えてくるのは、業者に向けられた農林水産省のおざなりな視線。そして、その視線をかいくぐって不正を図る業者の卑しい心根。何とも寒々しい景色ばかりである。▼国民目線だか消費者目線だかも、大臣、次官の座を失った2人にとっては、ちょっとしゃがんでみました程度のことだったに違いない。その目に映ったのは、「役所に責任もないことでじたばたする消費者」の姿なのだろうか。そんな目にいくら見られても、励まされた、守られたと思うお人よしなどいやしない。

春秋 日本経済新聞 9/21 八葉蓮華 hachiyorenge