「火星に水」フェニックスが伝えてきた・・・春秋 八葉蓮華

視覚、聴覚に重い障害を持つ少女の閉ざされた心を開いたのは、手にかかる水の感触だった。三重苦を乗り越えて社会事業に尽くしたヘレン・ケラーと、家庭教師のアン・サリバンが残したたくさんの逸話の中で、触覚から言葉に目覚める瞬間は印象的だ。▼火星に水、と米国の火星探査機フェニックスが伝えてきた。これまでも、マーズサーベイヤー、ローバーなどの火星探査機の映像で、理屈の上では、火星の水の存在は想定されていた。今回は土を掘って、採って、熱して、蒸気を確認した。この直接証拠、火星の氷に自分で触れているような臨場感を伴っている。▼触覚と嗅覚(きゅうかく)は人間の意識のいちばん深いところとつながっているらしい。夕立が肌に当たる感触と、雨粒が地面をたたいて巻き上げるほこりのにおいは、瞬時に遠い夏の日の記憶をよみがえらせる。過去の火星探査映像も、今回の情報も、火星から電波で届くデータに変わりはない。臨場感の差は、手触りとにおいの有無かもしれない。▼初めての内閣改造に臨んだ福田首相は、福田色を出すのに腐心したという。その割に留任と横滑りが目立つせいか、新体制に鮮やかな色は浮かんでこない。みずみずしさとか風通しの良さなど、政権の浮揚には、色よりも感触や風合いのアピールが必要では――。

春秋 日本経済新聞 8/2
八葉蓮華 hachiyorenge